歴史のオマケ:69

幕&ノボリ

神徳を分業する神社:6
天神信仰
学問・文化・雷神

天神は古くは国つ神に対する天つ神を意味したが、平安時代から菅原道真の神霊を祀った天満天神を指すようになった。京都・北野天満宮と福岡・太宰府天満宮がこの信仰の発祥神社である。学問と文化の神として尊崇され、各地に勧請されて全国で1万社ある。東京の亀戸天満宮や大阪天満宮が名高い。

菅原道真は平安時代宇多天皇に仕え、学者・文人としても秀で政治家としても活躍した。しかし、政敵の藤原時平の讒言によって九州・太宰府に左遷され、この地で没した。程なくして、その怨霊が藤原一門に祟り、急死者が続出した。また、都では落雷・火災などの天変地異が人々を恐れおののかせた。

朝廷では菅原道真の怨霊を鎮めるために北野の地に神殿を造営し、天満大自在神・大政威徳天として祀ったのである。この背景には栄華を極めた藤原氏の専横に対する反感と共に、当時流行した御霊信仰がある。

御霊とは人間の霊魂の美称だが、当時の人々は政争の激化や疫病・自然災害などが人の霊魂の祟りから起ると受け止めていた。人々は御霊の怒りを鎮めるために神事を営んだ。特に生前の業績が目覚ましかった者や忌わしい死に方をした者、恨みを抱いて死んだ者の霊魂は死後も強い霊威を発揮すると考えられていた。

そのため人々は個人の霊に対しても祟りを恐れて祀った。こうして菅原道真は鎮魂のために祀られたのであるが、その霊威は多くの雷達を統率する神と信じられ、配下に雷神を従える姿で象徴されるようになった。

諏訪信仰
農耕・風水の神

水神・山神・農耕神・狩猟神など多様な神格を持つ諏訪信仰は長野県の諏訪湖畔に鎮まる諏訪大社を総本山とする。この大社の分霊を祀った諏訪神社は全国に5千社あるといわれ、合祀、相殿、境内末社などを含めると1万社以上もあると言われる。

特に新潟県には1500社、長野県には1100社余りと集中しており、主として信越地方を中心に信仰された。諏訪大社は上社と下社から成り、諏訪湖を挟んで鎮座している。山国に鎮まる諏訪の神は本質的には諏訪湖の水神、そして守屋山・八ヶ岳・霧ヶ峰の山の神である。

水の神は豊作を司る農耕神として、山の神は狩猟の神として、更に狩猟に用いる弓矢は武神としても神徳を持っている。鎌倉時代には武士達の信仰を集め、全国に広まっていった。
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写真1
この幕を見て「幕やノボリも狛犬に負けていない」と思った。
それ以来、布モノにも目配せしてる。
(熱田区高蔵結御子神社
評価:★★★★★
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写真2
地図には載っていない名もなき寺院にこんな幕が掛けてあった。
昌の字をデザイン化したような紋が入っていた。
(昭和区:石仏町界隈
評価:★★★★★
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写真3
背伸びの激しい尾陽神社だからこそ、大きな葵の御紋の入った幕が
拝殿の周りに「これでもか」というくらい掛かっていた。
(昭和区:尾陽神社
評価:★★★★★
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写真4
コレを見て「ノボリも捨てたもんじゃないな」と思った。
紅白混ざったモノや赤だけ白だけといったアンバイで思いのほか美しい。
(中区:伊勢山神明社
評価:★★★★★
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写真5
これはどう見ても失敗の事例かも知れない。
同じノボリを並べればいいという訳でもないことがこの写真を見てて判った。
(昭和区:塩付通神明社
評価:★★★★★
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写真6
白地に墨文字だけというのも、何でもないようでイケてる。
気品みたいのものが感じられるから不思議だ。
(瑞穂区:一之御前神社
評価:★★★★★
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写真7
白地に墨文字、ワイホントのマークが朱というノボリの定番なんだが、
文字が大きいのは緊張感がなくていかんなと思った。
(東区:物部神社
評価:★★★★★
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オマケの写真
この店、店の前の駐車場にメニューの看板を並べて目立つから、
「ああ、あの店ね」と思った人がいるのかもしれない。
中区:東外堀町のうどん屋
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by tomhana0905 | 2007-04-09 07:19


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